読み物|カンボジアを知る
アンドン地区はどんな場所? キミタビが2024年から通う、プノンペン郊外のまち
プノンペン中心部から15〜20km。2006年の強制移転でできたアンドン地区は、20年のあいだに多くの団体が支援に入ってきた場所です。キミタビの参加者がそこで何を見て、何を考えたのか。

キミタビのカンボジアの13日間には、プノンペン郊外の「アンドン地区」を訪ねる日があります。参加者の多くが、帰国後に「いちばん心に残った」と話す場所です。
どうやってできたまちか
アンドン地区は、もともとあった村ではありません。2006年、プノンペン中心部に暮らしていた人たちが強制的に移転させられ、その移転先としてできたまちです。中心部から15〜20kmほど離れています。
移転によって、それまでの仕事(日雇いの仕事や屋台など)から遠く離れることになりました。これが、いまも続く暮らしの厳しさの大きな原因になっています。
2014年の調査では、約900世帯・約8,000人が暮らし、約17の団体が支援に関わっていました。20年近く、多くの団体が入ってきた場所です。それでも課題は残っています。教育の課題は、学校が無いことから、学校はあっても続けられないこと(中退)へと移ってきました。
キミタビは「18番目の支援団体」にはならない
これだけの支援が入っても解決していない場所で、同じような支援をもう1つ足しても、変えられることは多くありません。キミタビは、アンドン地区を「支援する場所」としてではなく、住民や子どもたち、現地の学生と対等に学び合う場所として関わっています。2024年から、現地の団体 Children Bridge Organization と一緒に活動しています。
参加者がするのは、物を配ることではありません。住民に話を聞き、何が起きているのかを考え、チームで企画をつくって、子どもたちと一緒に実行することです。
参加者は、そこで何を見たか
アンドン地区での企画のあと、参加者はこう話しています。
やっぱりアンドン村に行って、子どもたちと遊ぶだけじゃなくて、子どもたちの将来を考えたりとかをしたことが、本当に濃い時間だったなと思います。 りんかさん(大学2年)・最後の夜
自分たちで考えた企画を子どもたちに披露した時で、子ども集まるのかなとかいろいろ心配だったんですけど、めっちゃ集まってくれて、めちゃくちゃ楽しんでくれて。 ひすいさん(大学2年)・卒業日
子どもたちの将来の夢を聞いて、AIに入れて、写真にして、渡してあげるっていう企画をしたんですけど。(中略)現地の子がすごい喜んで、明日から勉強頑張れるって言ってくれて、それがもう本当に嬉しかったです。 めぐさん(医学部5年)・最後の夜
うまくいった話ばかりではありません。市場で話を聞いたとき、思ってもみない言葉を返された参加者もいます。
すごい悪口を言われまして、自分の中では助けるつもりで活動したので、そんなことを言われるなんて、本当に1ミリも想像してなかったんですよ。自分たちが良かれと思っていることは、あっちからすると、見せつけられているような、感じがあるのかなっていうのをそこで学んで。 ピーターさん(大学生)・MVPに選ばれた夜
「助けたい」という気持ちが、相手からどう見えているのか。アンドン地区で参加者が向き合うのは、教科書には書いていない、この問いです。
行く前に知っておいてほしいこと
- アンドン地区を訪ねるときは、スタッフと現地の提携先が一緒に行動します。
- 住民や子どもの写真を撮るとき、SNS に載せるときは、相手の気持ちを先に考えます。
- 「助けてあげる相手」として見るのではなく、同じ時代を生きる人として話を聞きます。
アンドン地区の訪問を含む13日間の流れは、カンボジアのページにまとめています。