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言葉が通じない海外で、どう話す? スタッフの藤村さんがタイとベトナムで見たこと
英語も日本語も通じない山の村。翻訳アプリも使えない。キミタビの運営スタッフ・藤村さんは、そこで「コミュニケーションは言語だけじゃない」と知りました。ホーチミンの夜間学校で学生の声が大きくなった瞬間、薬草サウナの話、言葉が通じないときのコツと、現地で使える毎日の3つの問いをまとめました。

山の村で、ラフ族のお母さんたちが、いつも食べているごはんを作ってくれた。タケノコ、山菜、ピリ辛の料理。どれもごはんに合う。
でも、「おいしい」と言っても通じません。村の人が話すのはラフ語で、英語も日本語も通じない。山の中なので Wi-Fi も無く、スマホの翻訳も使えません。
キミタビの運営スタッフ・藤村さんは、そのとき顔で伝えました。
料理を囲んで美味しいっていう表情をしたら、その美味しいっていうのがこういう風な現地語で言うんだよとか、そういうものを通しながら現地の言葉を学んだりとか、やっぱり表情でとにかく会話をするとか。 藤村さん
「英語が苦手だから、海外で話せるか不安」。そう思っている人に、藤村さんがタイとベトナムで見てきたことを紹介します。最後に、現地で毎晩使える問いもつけました。
翻訳アプリが使えない村で
藤村さんは、キミタビのすべての回に関わってきたスタッフです。いまは運営を担っています。
タイの回は、タイ最北の県チェンライの、山の村で過ごします。そこで暮らすラフ族の人たちとの時間を、藤村さんは「本当に特別編」と言います。
山の中なのでWi-Fiがないんですね。なので、もう本当にGoogle翻訳とかも使えないような状態。だからこそ、じゃあどういうふうにコミュニケーションを取るかっていうのを、自分なりに考えながら、動くっていうところ。 藤村さん
村で食べたものの話も、たくさん聞かせてくれました。
村で採れた野菜をふんだんに使うんですね。タケノコだったりとか山菜だったりとか、それがもう本当に美味しくて、なんかこう、そこら辺で買って食べるものの数十倍美味しく感じました。 藤村さん
村の人たちが育てているドラゴンフルーツを、その場で生のままかじったこともあるそうです。「今でも忘れられないです」。
チェンライに行く前と後で、何が変わりましたか。そう聞くと、答えは一行でした。
コミュニケーションは言語だけじゃない 藤村さん
「やってみたい」が、次の日に叶った
言葉が通じなくても、伝わることがあります。藤村さんが強く印象に残っているのは、村の人たちの温かさだと言います。
村には、薬草にくわしいおばあちゃんがいて、昔ながらのサウナをやってくれるそうです。
それを言葉がわからないながらも、やってみたいやってみたいっていうふうに僕の方で言ったら、次の日にそのサウナを用意してくれて、実際にやることができたとか。やっぱりそういうちょっとしたコミュニケーションの中でのチャンス、これを逃さないっていうことが一番大事だと思っています。 藤村さん
夜間学校で、声が大きくなった日
ベトナムの回の話に移ります。ホーチミンでは、最初の1週間ほどをかけて、毎日いっしょにいるベトナム人の学生に教わりながら、街と暮らしを知ります。そのあとで夜間学校に行き、子どもたちに英語の授業をします。
子どもたちは本当に勉強したいんですね。(中略)授業が始まるのが待ち遠しくて待ち遠しくて、先生に早く始めようって言っている姿がとても印象的でした。 藤村さん
教える側の日本の学生は、最初から堂々としているわけではありません。
一番最初は自信がないので、どうしても声が小さくなってしまって、あまり聞こえないみたいなことがあるんですけど、それでもベトナム人の子どもたちがですね、元気にイエスとかね、答えてくれたり。だからそこから日本人学生の声も少しずつ大きくなっていって、気づいたら自然なやりとりが生まれているっていう、そういった瞬間がとても印象的に残っています。 藤村さん
声が大きくなったきっかけとして藤村さんが挙げたのは、子どもたちの元気な返事でした。
夜間学校の子どもたちがどんな背景で学んでいるのかは、「ホーチミンの社会課題とは?」で書いています。
間違ってもいいから、喋る
ホーチミンで、藤村さん自身が心を動かされた出会いもあります。キミタビの準備で、手伝ってくれるベトナム人を募ったときのことです。連絡をくれた一人とカフェで会い、最初は英語で話していたら、日本語も勉強していると分かりました。
日本語がわからないながらも、やっぱり喋りたいっていう気持ちが強いのか、もうなんかそういう、間違ってもいいから喋ろうっていう、そこはすごく印象に残っていますね。日本がどれだけ好きかとか、このプログラムにすごくどれだけ共感しているかっていうのを、拙い日本語ながらも話してくれたのをすごく覚えています。 藤村さん
逆に、ベトナムの街の人たちは、外から来た人に合わせて英語を使うとは限りません。藤村さんいわく「ベトナム語をお前らが喋れって言うくらい」、ベトナム語でどんどん話しかけてくる。それも面白いところだそうです。
「間違えるのが怖い」はふつうのこと
運営として、学生にいちばん身につけてほしいことは何か。藤村さんの答えは「間違いを恐れないこと」でした。
どうしても英語を喋るとなった時に、周りの人と比べちゃったり、自分の喋ってることが正しいかなっていう怖さが勝ってしまうことがあると思います。僕も昔はそうでした。でも、やっぱり言語っていうのはコミュニケーションを取るツールであって、正しい・間違い、そういうものはないと思っています。 藤村さん
間違えるのが怖いのは、あなただけではありません。1986年にアメリカの研究者 Horwitz たちが、大学の初級スペイン語の授業で75人に質問したところ、「授業で間違えることを心配していない」に65%が「そうは思わない」と答えました。3人に2人くらいは、間違えることを気にしていたことになります(アメリカの大学の教室での調べで、海外の現場のものではありません)。英語の不安そのものについては「英語が話せないまま海外へ行くのは不安?」もどうぞ。
言葉が通じないときの、藤村さんのコツ
取材で聞いた話を、すぐ使える形にまとめます。
| 場面 | 藤村さんの話 | やってみること |
|---|---|---|
| 言葉がまったく通じない | 表情でとにかく会話をする | 「おいしい」「ありがとう」を、まず顔と身ぶりで伝える |
| 現地の言葉を知らない | 「おいしい」を現地語でどう言うか教わった | 伝わったあとに、その言葉を現地語で教えてもらう。メモしてすぐ使う |
| 周りが笑っていて、自分だけ分からない | もどかしいし、疎外感があるかもしれない。それでも交流するうちに、自分なりの方法が見えてくる | その場から離れない。分かる一言だけでも返してみる |
| やってみたいことがある | サウナを「やってみたい」と伝えたら、次の日に用意してくれた | 言葉が足りなくても、指さしと「やってみたい」で伝える |
| 待っていても何も起きない | 受け身だと、得られる情報も得られず、会話も広がらない | 自分から話しかける。1日1回でいい |
藤村さんは、コツの一つ目に「メンタル面」を挙げました。言葉が通じない日は、もどかしいし、疎外感もある。そういう日があると先に知っておくだけでも、その日の受け止め方は変わります。
そして、いちばん伝えたいことを聞いたときの答えは、短いものでした。
とにかく動くですね。やっぱり受け身になってしまうと、どうしても得られる情報も得られなかったりとか、会話の発展にもならなかったりすると思います。だからこそ、受け身になるんじゃなくて、言葉が通じないからこそ逆にアクティブに自分で動いてみるっていうことがすごく重要なんじゃないかなと思います。 藤村さん
感じたことを、最後は言葉にする
言葉なしで通じ合って終わり、ではありません。キミタビでは、現地で考えたことや気づいたことを、最後に言葉にして、英語でも伝えます。ベトナムの回は、現地で得たことをすべて、最後に英語の発表にまとめます。
藤村さんは、ベトナムの話の中でいちばん伝えたいことを、こう話していました。
例えばベトナムでちょっと大変な体験をしたりとか、そういうこともあると思うんですけど、じゃあそれを自分なりにどういうふうに解釈してどういうふうに言語化するのかっていうところは、自分なりにやっていく面白さはあるんじゃないかなと思います。 藤村さん
発表の材料は、毎日の小さな記録から生まれます。現地で、寝る前に次の3つを書いてみてください。1つ2〜3行で十分です。
- 今日、言葉が足りなかったのに伝わったこと:何を使った?(顔・身ぶり・絵・相手の言葉)
- 今日、教わった現地の言葉:誰に、どんな場面で教わった?
- 明日「やってみたい」と伝えること:誰に、どう伝える?
うまく書けない日は、1つだけでかまいません。藤村さんがチェンライの前後で変わったことを一行で答えたように、短くても、自分の言葉で書くことが大事です。毎日の振り返りの書き方は「海外研修の振り返りの書き方」でも紹介しています。
村で聞いた、もう一つの話
チェンライの村では、重い話も聞きました。藤村さんの胸に残った一言は「タイ人として働くことができない」でした。
村の人たちの中には、タイに住んでいるのに、タイ人として認められていない人がいます。藤村さんが聞いたところでは、身分証(IDカード)が無いと、ちゃんとした仕事に就けないそうです。タイの学校で学べている人には配られるので、これからの世代は大丈夫だろう、とも話していました。
日本では当たり前に発行されるものが、国が違うとそれが発行されない。そしてその発行されないが故に仕事につけないっていう、日本にはない問題というか、そういったところにすごく印象を受けました。 藤村さん
伝統を絶やしたくないと頑張る村の人たちを見て、「そういう思いって僕は日本人としてなかったな」とも感じたそうです。山の民族と国籍の問題がどうして生まれたのかは、「チェンライの山岳民族とは?」にまとめています。
これから行く人へ
心構えを聞くと、藤村さんはこう話しました。日本のルールは海外では当てはまらないことがある。特にベトナムには、日本とは違う文化がたくさんある。その中で「自分がどんなことを感じて、どう動きたいか」を大事にしてほしい、と。
そして、運営として参加者みんなに伝えていることは、これだそうです。
とにかくチャレンジしてもらうこと、恐れないことを参加者のみんなに共有する 藤村さん